代表的な江戸伝統園芸植物
◆渡来の梅 ― 実ウメと花ウメ
梅は中国原産で、食品用の実ウメと観賞用の花ウメに分けられます。実ウメは弥生時代に水田稲作技術とともに伝わり、花ウメは7世紀の遣唐使交流(奈良時代)に白梅が渡来しました。当時、海外最先端文化を象徴する花として貴族社会で珍重されます。
◆古代から中世の梅 ― 観賞文化の始まりと武士
花ウメの記録は『万葉集』にも見られ、日本で花を観賞する文化の先駆けとなりました。鎌倉時代以降は庭木として普及し、室町時代には庶民も花見を楽しむように。梅は非常時の食料・燃料となる実用面と、清廉潔白を重んじる武士の精神に合致し、城内に植えられたことも特徴です。
◆江戸の梅 ― 武士の庭園と庶民の梅屋敷
江戸時代に入ると、園芸文化は貴族、武士、庶民へと広がり、幅広い人々に愛されました。水戸光圀が江戸上屋敷(小石川後楽園)に梅園を設けるなど、武士の庭園で品種収集・栽培が進みます。一方、三代目伊藤伊兵衛が『花壇地錦抄』で50近い品種を紹介するなど、庶民の間でも鉢植えや庭木として楽しまれました。
江戸後期には、庶民対象の梅屋敷(亀戸、蒲田)が人気を博し、文化文政期には佐原鞠塢(さはら・きくう)が開いた新梅屋敷(向島百花園)が文化人交流の場として隆盛を極めます。
◆近代から現代の梅 ― 品種拡大と初春を告げる花
明治時代には約350品種が紹介され、梅が武士も庶民も様々な形で楽しみ活用されてきたことがわかります。今も昔も、ウメは初春を告げる花として多くの人々に愛されています。
ウメ
ウメの分類について
ウメは植物学的にはバラ科アンズ属(またはサクラ属)に分類されます。多種多様な品種が作られたため、さらに細かい分類方法も生まれました。明治34(1901)年に約350品種を掲載した『梅譜』を出版した小川安村は「生(しょう)」による分類を始めて用いました。
現在では、大きく実ウメと花ウメに分け、花ウメについては「系(けい)」と「性(しょう)」による分類がなされています。
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野梅系
原種に近い丈夫な系統。 |
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緋梅系
枝を切ると、枝の外皮の色にかかわらず、切り口が紅い。 |
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豊後系
アンズとの交雑種で、枝は太く、葉も大きい。 |
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向島百花園で観賞できるウメ
向島百花園には約20種のウメが植えられています。なかには、初代・佐原鞠塢(さはら・きくう)の残した文書『梅屋花品』に記載されている古い品種もあります。
2月初旬から見ごろを迎え、江戸の文化を楽しめる「梅まつり」が開催され、園内は賑わいます。江戸の花文化と趣を今に伝える場として、ぜひお楽しみください。
(花の時期は年により変わることがあります。詳細は向島百花園にお問い合わせください。)
野梅系







緋梅系


豊後系

実梅


『梅屋花品』の梅*



『梅屋花品』の梅*
向島百花園を開いた佐原鞠塢(さはら・きくう)が残した書物『梅屋花品』に紹介された品種のことです。
