水戸黄門ゆかりの名園

小石川後楽園

こいしかわこうらくえん

お知らせ

2022/08/28

処暑 次候 天地始粛 (8/28~9/1) の見どころ

第四十一候「天地始粛(てんちはじめてさむし)」
「夏の暑さが収まりはじめ、秋の気配が感じられるころ」になりました。

小石川後楽園でも、朝夕の涼しい風と、虫の声に秋を感じるようになりました。

この時期の小石川後楽園の旬の情報などをご紹介します。

小石川後楽園220826 (6)_01 ①ハギが咲きはじめました「梅林」

毎年冬に地際10センチまで刈り込みますが、夏には枝先をシダレさせるほど大きな株に成長します。「萩(ハギ)」と「荻(オギ)」の漢字はよく似ていますが、オギはススキに似た湿地を好む植物で、当園にはありません。

花托から果托_02 ②ハス「蓮池」花托から果托へ

ハスの花の季節が終わりました。ピンクの花の中心の黄色の部分「花托」は、花が散り種ができると「果托」になります(蓮コラといったほうが馴染みがある方もいるかもしれません)。「花托」も「果托」も「かたく」と読みます。今は蓮池で果托を見ることができます。写真は茶色く乾燥した果托です。青々としたハスの葉もそろそろ黄葉がはじまります。

202208-26 稲田_03 ③百十日(にひゃくとおか)

立春(2月4日)を1日目として210日後のこと。今年は9月1日です。台風や強風の特異日といわれています。小石川後楽園の「稲田」では稲の花が咲きはじめているので、台風が来ると困ります。受粉がうまくいき豊作となってほしいです。
「台風」という言葉が日本に入ってくる前は、台風のような暴風の事を「野分(のわき)」と呼んでいたそうです。

小石川後楽園180816砲兵工廠碑_04 ④関東大震災と小石川後楽園と東京砲兵工廠

本園は、創設以来数多くの地震・火災や戦災に逢い、その都度大きな被害を受けました。
明治時代に水戸藩上屋敷は兵部省(後の陸軍省、現在の防衛省)の所管となり、東京砲兵工廠が造られ、小石川後楽園は工廠付属の園地となりました。本園は幕末から荒廃が進み、工廠の努力によりようやく立ち直りはじめた矢先の大正12年9月1日に関東大震災が発生しました。
園内は、石橋、徳大寺石、屏風岩が倒伏し、清水観音堂と八卦堂が焼失するなど大きな被害を受けましたが、陸軍省により復旧されました。
東京砲兵工廠は、関東大震災によって施設の大半を焼失し破壊されました。後の昭和2年に工廠が小倉に移転されることが決まり、昭和8年小倉工廠が開設されました。これに先立ち小石川後楽園は陸軍省から文部省に移管されました。
小石川後楽園史上、大きな転換点のひとつが関東大震災です。現在では、内庭で東京砲兵工廠の碑が、そして九八屋横に弾薬製造機(と伝わる)の部品が残されています。東京砲兵工廠の碑の形は旧水戸藩上屋敷の形をしています。