水戸黄門ゆかりの名園
小石川後楽園
こいしかわこうらくえんお知らせ
2022/01/20
【小石川後楽園の稲田行事~その8】
正月に庭園入り口に飾られた門松。
昨年の秋、園内の田んぼで収穫し、脱穀した後、藁すぐりをして選び抜いた稲藁を使い、来る年の幸福と豊作への願いを込めて、庭師が作成しました。
冬の間、稲田での作業はしばしお休みですが、収穫した稲藁は、雪吊りや霜除け、菰巻きなど園内の冬支度に大活躍、新年に積もった雪から松の枝を守ってくれました。
前回、脱穀とこの稲藁の活用までをご紹介しましたが、本年度の稲田行事もいよいよ終盤。今回は、小石川後楽園の田んぼに関わる作業の中で、「籾の選別」と「鏡餅」について紹介していきます。
■■籾の選別■■
脱穀した籾には、藁くずやゴミが混じっているため、「唐箕(とうみ)」にかけ、これらを取り除きます。
「唐箕」は、風の力で羽根を回転させ、籾とゴミなどを重さによって選別(風選)する道具で、藁や中身のない籾殻など軽い物は、風の力で吹き飛ばし外に排出されます。
職員が「ふるい」に入れた籾を手で広げ、機械が選別しにくい小石や大きな藁くずなどを拾い出しながら、籾を振るい落としていきます。
現在市販されている「唐箕」は主にスチール製で、江戸時代から使われてきた木製に比べサイズも小型化し、手動と動力付のタイプがあります。
当園では、ハンドルを回して風を起こす手動式を使用していますが、風を送る速度が一定でないと選別にムラが出てしまいます。
そこで、職員のアイデアで、送風機で風を送り自動的に羽根を回転させ、効率よく作業を行っています。
当園での作業はここまで。この後の籾を取り除いて玄米にする「籾すり」と、仕上げの「精米」は業者に委託しています。
戻ってきた、真っ白で粒の揃った「もち米」。毎日食べている白米の粒とは、また違った美しさがあります。
■■鏡餅(かがみもち)■■
精米から戻った「もち米」は、職員とともに田植えや稲刈りを体験した文京区立柳町小学校の児童の元に届けられ、食育にも活用されています。
例年のような、先生と児童の皆さんがお餅をついて作る鏡餅は、新型コロナウイルスの影響などで見送られ、サービスセンター窓口に鏡餅が飾られる恒例の正月風景も、今年はご来園の皆様にご覧いただくことができませんでしたが、次の機会を楽しみにお待ちいただけたら幸いです。
【稲田行事の継承】
小石川後楽園は、江戸時代初期、水戸徳川家初代藩主頼房公の時代に造営が始まり、二代藩主光圀公の時代に完成した、現存する都内最古の大名庭園です。
ここでご紹介してきた「稲田行事」は、光圀公が世継ぎである綱條の公家出身の夫人に「民の辛苦を季君大夫人しろしめされむ為めとて」行った米作りに由来します。
かつて田のほとりに「田端の稲荷」と称する稲荷を設け、収穫物を奉納したことが、水戸徳川家五代藩主宗翰(むねもと)公の時代、元文元年(1736)に書かれた『後楽記事』に記されているように、米作りは一時中断を経ながら歴代藩主に引き継がれてきました。
昭和40年代の田植機の普及以来、近年では農機具の自動運転の開発など、米作りの機械化が進み、時間は大幅に短縮し、労力も軽減されました。
変化のスピードが早い時代ですが、当園では、光圀公の教えに沿って、手作業による田植えや稲刈りの伝統を継承し、これらからも稲田を中心とした「田園の景」の維持に努めて参ります。
小石川後楽園の「稲田行事」の連載は、今回が最終回です。
今は一年で一番寒い季節ですが、稲田に沿って流れる小川の畔では日本水仙が、その奥の梅林では、早咲きの梅「光圀」が咲いています。
春はもうすぐ。再び「田起し」の季節がやってきます。
唐箕で籾と藁くずなどを選別しています
白く輝くもち米
田んぼで収穫した藁で作った門松
過去の鏡餅づくりの様子
過去に児童の皆さんが作った鏡餅
