日本人と桜の関係、歴史について触れてみましょう。
日本にはヤマザクラ、オオシマザクラをはじめとする10種ほどの野生の桜があります。桜は2000年以上前から春を告げる花として、人々の生活と深く関わってきました。これら野生の桜を交配し生み出されたのが、里桜と呼ばれる園芸品種の桜です。里桜の品種数は300種を超えるともいわれています。
そもそも、桜には異なる種類どうしで実を結ぶ性質があり、自然と雑種が誕生します。これまでに、この特徴を利用して数々の美しい桜が生み出されてきました。
ヤマザクラ
里桜の作出は鎌倉時代には、すでに始まっていたといわれています。江戸の大名屋敷ではさまざまな園芸品種の桜が植えられ、親しまれました。明治維新を経て国の体制が変わると、多くの大名屋敷は取り壊され、庭園の里桜は忘れ去られていきました。品種の喪失を憂いた人々が後世に里桜を伝えるため、荒川堤に里桜の並木をつくりました。この「荒川の五色桜」は東京一の桜の名所となりました。
しかし、現在この並木は残っていません。戦時中の騒乱期に絶えてしまったのです。
楊貴妃(荒川の五色桜)
現在、最も有名な桜である染井吉野は、明治初期に江戸染井村(現・駒込とされる)で生まれました。
染井吉野は成長が早いため、植え付けからの開花が早いことや、一斉に開花するという特長があります。
そのため、染井吉野はたちまち人気の桜となり、「桜といえば染井吉野」というほど全国に流通していきました。
一方で、荒川堤から姿を消した里桜のなかには、県外や海外に移出されていたため難を逃れたものもあり、現在でもその姿を見ることができます。
染井吉野